東日本大震災から3年,4度目の3.11に思うこと

東日本大震災から3年,4度目の3.11に思うことを投稿します。

死者1万5884人(これに加え3000人近い方が震災関連死と認定されています),行方不明者2633人に及ぶ未曾有の大震災により,3年が経った今も,26万人を超える方が避難生活を強いられています。
この震災では,福島第一原発の事故により,福島県沿岸部を中心に,帰宅困難区域・居住制限区域等の規制が敷かれる事態となり,自宅に帰らないことを強いられ続けている多くの人がいます。
福島県では震災関連死による死者(1660人)が震災による直接の死者(1607人)を超えたとの報道からも,避難生活の苛酷さが伝わってきます。
福島に限らず,津波の被害地域の居住問題は未だ解決されていません。
災害公営住宅の建設など,少しずつ復興計画は進んでいるものの,未だ宮城・福島・岩手3県の仮設住宅の入居率は80%を上回るとのことです。
このように,原発事故と津波により国土の一部が深刻に損なわれてしまったことが,復興への大きなハードルとなっています。

私の同業者の中には,現地で被災した方々を支えている方,首都圏に勤務しながらも何度も被災地に通い支援に取り組む方,原発問題に正面から対峙する方,避難者のサポートに取り組む方など,法律の専門家としての様々な支援を実践している方々がいます。
私は,自分にできる範囲のささやかなことしかしてきておらず,真摯に活動しておられる方々を見るにつけ,ただただ頭が下がる思いです。
昨年は,忙しさに紛れて被災地に足を運ぶことができず,心残りとなってしまいました。

未だ復興は遂げられておらず,まだしなければならないこと,できることはあまりにも多くある中,「記憶の風化を恐れる」との報道を,自戒の思いを込めて見ています。

支援を続けるためには「震災は続いている」という意識を持ち続けることが不可欠であることを,私自身,改めて感じたところです。
私は,時々,陸前高田の仮設住宅でお会いした1人の老婦人が「私は,息子が流されてしまったの。」と静かにお話しされていた時のことを思い出します。
「死んでしまった」という表現ではなく「流されてしまった」という言葉に,死を受け入れられない葛藤や,津波という自然災害に抗うことができなかった無力感が込められているように感じました。

震災から3年が経つ中,それぞれが責任を伴う仕事をし自分の生活もあり,気持ちはあるけれど具体的な支援に結びつかないという方も多いのではないでしょうか。
「大きな支援」ができるに越したことはありませんが,それだけが支援ではないと思います。自分にできる「小さな支援」を見つけ,それを実践することで変わるものもあるのではないでしょうか。
「できることを続けること」,4度目の3.11を迎え,思ったことです。
実践していけるよう,気持ちを持ち続けたいと思います。

投稿者:圭


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